エース講師と言われた私が、塾をやめた本質的理由
INTRO大手塾で3年間、塾講師をしていました。
目次
オーナーからは「エース講師」と呼ばれ、偏差値40台の生徒を5ヶ月で国公立合格まで導き、高1の慶應志望生徒を6ヶ月でMARCHレベル(7割)まで持ち上げた。実績だけ見れば、続けていれば安定した立場にいられたかもしれません。
それでも、私はその塾を辞めて独立を決めました。
理由は、塾という業態の中では「本当に受かるための指導」を最後まで貫けないと感じたからです。
この記事では、大手の塾講師として3年現場に立って見えた業界の構造、講師の指導力の正体、そして「志望校に行ってる先生から教わる」ことの本質について書きます。塾選びで迷っている人や、今通っている塾にどこか違和感を感じている受験生に届くといいなと思います。
01講師の質と、指導力は別物
塾の世界には、根強い誤解があります。
“講師の学歴が高い = 指導力が高い
実際には別物です。
私が見てきた限り、大手塾の講師の質は担保されていることが多い。早慶以上、東大、医学部、京大の学生・卒業生がほとんどです。学力レベルだけ見れば、間違いなく高い。
でも、指導力の差はかなり大きい。
理由はシンプルです。多くの講師は、「届かない状態から這い上がる」プロセスを経験していないからです。
トップ校に高校入学の段階で在籍し、コツコツ勉強を積み重ねて難関大に進んだ。それが、講師の中で多数派でした。彼らにとって受験勉強は「日常の延長」であって、「劇的な逆転」ではありません。
だから、生徒が「どこでつまずくのか」が肌でわからない。「短期間で大きく伸びる」という現象そのものを、可能だと思っていない人もいる。これは私の主観ですが、3年で何人もの講師を見てきて、強く感じる構造でした。
私自身は、頭が良くて受かったタイプではありません。よくても現役で「どこかには受かる」程度のスタートでした。そんな状態から早稲田に届いた。だから、伸びない側の景色を知っている。何が思考のボトルネックになっているか、肌で言語化できる。
これは、学歴では測れない種類の指導力です。
02地方には、志望校の先生は物理的にいない
もう一つ、大手塾で見た構造的な問題があります。
地方の校舎には、早慶の先生は物理的にいない。
私は大学1年生のとき、コロナで授業が完全オンラインになったため、地元の校舎に1年だけ在籍することができました。これは超レアケースです。普通は、関東の大学に進学した時点で、地方の校舎には戻れない。物理的に通えないからです。
つまり、地方で早慶を志望する生徒は、早慶に行っている先生から教わる機会がほぼ存在しない。
これは努力で解決できる問題ではありません。完全に物理的な制約です。
03「志望校に行ってる先生」の本質的意味
ここで重要なのは、「志望校に行ってる先生から教わるべきだ」という主張の中身です。
学力レベルだけで言えば、学校の先生のほうが、私より圧倒的に上です。各科目の専門家として、長年教えてきた人たち。東大、京大、医学部の人も、私より学力は確実に高い。
それでも、私は受験生時代「自分が行きたいところに行ってる人に教わりたい」と感じていました。
なぜか。受験の目的は、「学力を無限に向上させること」ではないからです。
“受験の目的は、志望校の合格最低点を取るために学力を上げること
学力は、合格最低点を超えた瞬間にゴールに達します。そこから先は、(受験という観点では)必要ありません。だから、無限に伸ばす学力ではなく、「合格最低点を超えるための学力」を最短で組み立てる思考が要る。
その思考は、その大学に実際に受かった人が一番持っています。学力の絶対値ではなく、「合格最低点を取るための設計」の解像度。これが、志望校適合性の本質です。
04それでも、エース講師として呼ばれた塾を辞めた理由
ここまでが、塾講師として現場で気づいたことです。私はこの気づきを指導に反映していました。
参考書に書いていないこと、マニュアル化できないこと——「軸と設計」の原型となる思考を、生徒に直接伝えていた。実績はそこから生まれています。偏差値34の生徒も、慶應志望の高1も、思考のロジックを変えただけで伸びていきました。
しかしある日、オーナーに呼び出されます。
“「他の先生にできない指導法は、改めて欲しい」
塾の論理として、これは理解できます。毎月同じ料金を払っている生徒の中で、講師によって指導の差が出るのは平等性として良くない。マニュアル化できない指導法は、塾全体の品質管理を崩す。経営判断としては、まっとうです。
ただ、同時に強烈なもどかしさもありました。
私が伝えていたのは、参考書ルートでも、勉強法動画でもありません。「本当に受かるためのロジック」でした。それを「他の先生にもできるレベルに合わせて」と言われた瞬間、本質が伝えられなくなる。
塾の論理を尊重しつつ、自分の指導を貫く——両立は構造的に不可能でした。
そこで、独立を決めました。
05独立 — 自分が最後まで現場に立つと決めた
独立を決めるとき、自分の中で1つだけルールを置きました。
“独立したら、絶対に最後まで自分1人で生徒を見る
世の中の塾は、発信者(広告塔・看板講師)と現場で教える人が別人であることがほとんどです。看板に惹かれて入塾した生徒が、実際には別の講師に教わる。それはそれで一つの形ですが、私はそれをやらないと決めました。
理由は2つあります。
- 私は教えるのが好きで、現場に立っていたい
- 受験生時代と塾講師時代、両方の経験から、「私の経験そのものが指導内容」だと知っているから
ネモナビは、こうして設計された個別指導です。
06まとめ
- 指導力は、講師の学歴では決まらない。「届かない状態から這い上がった経験」と「それを言語化する力」で決まる
- 地方には早慶の先生は物理的にいない。これは努力では解決できない構造的な問題
- 受験の目的は「学力の無限向上」ではなく「志望校の合格最低点を取ること」。だから志望校に行ってる先生に教わる方が合理的
- 塾という業態は、マニュアル化できない指導を構造的に許容できない。本当に受かるロジックは、塾の標準化と相性が悪い
- ネモナビは、これらすべてへの答えとして設計した個別指導です
塾選びで迷っている人、今の塾にどこか違和感を感じている人。指導の本質はどこにあるか、もう一度立ち止まって考えるきっかけになれば嬉しいです。
